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ルイブライユの歴史 どんな生活を送っていたか [ルイブライユ]

点字を発明した、ルイブライユの歴史と、生活がどのようなものだったのかを調べてみました。


ルイブライユサイド.jpg

ルイ・ブライユ(Louis Braille)

生年月日:1809年1月4日生まれ

出身地:フランス セーヌ・エ・マルヌ県 クプヴレ村

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⇒ルイブライユが点字を作った理由
⇒ルイブライユの本
⇒ルイブライユの一生
⇒ルイブライユの歴史 どんな生活?

ルイブライユが発明するまでの点字の歴史



ルイブライユが発明した6点式の点字がフランスで正式に採用されたのは、1854年のことでした。

ルイブライユは1852年に肺結核が原因で亡くなった2年後のことです。

正式採用される前までは、1819年にシャルル・バルビエが考案した12点式のものや、古いものだと1670年にイタリア人のフランチェスコ・ラナ・デ・テルツィが考案した点と線とを組み合わせてアルファベットを表現したものが使われていました。

どちらの点字も複雑で、ルイブライユが発明した6点式に比べると読みにくく、盲人が書くことはできなかったので、生活に役に立つようなものではなかったといいます。

点字うつやつ.jpg
引用元:http://www.rp-k.com/cralis/gazoh/tenjiban2.jpg

ですので、ルイブライユの点字の発明は盲人にとっては歴史的な出来事だったと言えるでしょう。

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ルイブライユはどんな生活を送っていたか



ルイブライユは3歳で左目が見えなくなり、そのときの事故の後遺症で5歳で右目も見えなくなりました。

10歳のときに、世界の歴史上初めて設立された盲学校である、パリの国立盲学校に通い始めます。

ルイブライユの学校生活は、12点式の点字を知り、自分でその改良に取り組み、6点式の点字を発明するといったように、盲人のために尽くすような生活でした。

盲人が楽譜を書けるように、点字楽譜の書き方を定めたのもルイブライユの大きな功績のひとつです。

ルイブライユ自身も協会のパイプオルガンを演奏するなど、生活を豊かにするために必要なものとして、音楽も欠かせなかったのでしょうね。

もしかしたら、今後の歴史に盲人の大作曲家も誕生するかも知れません。

ルイブライユが6点式の点字を発明しなかったら、盲人の生活も豊かになっていなかったでしょうし、盲人が楽譜を書くこともできなかったでしょう。

生活の中の点字
生活の中の点字.jpg
引用元:http://www.shinko-grandsha.jp/sp/dtenji/img/dtenji1_L.jpg

ルイブライユは世界の歴史でみても、たくさんの人たちのために尽くした偉人のひとりで間違いないと思います。

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ルイブライユの本について2016年に出版されたものから紹介 点字が学べる本も [ルイブライユ]

点字を発明したルイブライユについて書かれた本(学習まんが等も含む)をご紹介します。ルイブライユについての物語をもっと知りたいという方はぜひ本を読んでみてください。インターネットで調べて感じたルイブライユのイメージを、本を読むことでもっと深くイメージできるかも知れません。

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⇒ルイブライユの本
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⇒ルイブライユの歴史 どんな生活?


ルイブライユの本はまんがでも出ていて、2016年に出版された本もあります。

日本人の方が書いた本なので、読みやすくなっていると思います。

出版が新しいものからご紹介します。


ルイブライユの本



2016年8月25日出版 小学館
カバーには本物の点字が書かれています。浮き出しの絵も描いてあり、読んでさわって楽しめる、ルイブライユの本です。





2016年7月16日出版 岩崎書店





2015年12月17日出版 ポプラ社





2013年4月出版 汐文社





ルイブライユの点字をもとに50音の点字を発明した石川倉次の本



2012年12月出版 汐文社





点字が学べる本



日本点字図書館






ルイブライユについて調べたことをきっかけに、点字に興味を持ったこともあって、いくつかの本を紹介させていただきました。

これらの本を読んだ人が、ルイブライユのような前向きな生活を送れて、いろんな発明をするような創造力豊かになったらいいですね。


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ルイブライユの一生 どんな生活を送っていたのかを調べてみた [ルイブライユ]

ルイブライユは6点式の点字を発明しました。ルイブライユは小さいころに両目を失明し、一生目が見えない生活を送らなければならなかったのに、点字を発明することでその生活は豊かになりました。そのルイブライユがどんな生活をして一生を過ごしたのか調べてみました。

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⇒ルイブライユの歴史 どんな生活?

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ルイブライユの一生 ~両目が見えなくなるまで~



ルイブライユは1809年1月4日、フランスのセーヌ・エ・マルヌにあるクプヴレ村に生まれました。

ルイブライユが3歳のとき、馬具職人の父親が使っていた、革に穴を開けるための道具で左目を突き刺してしまいます。

この事故がきっかけで左目が一生見えなくなったのです。

ルイブライユの自宅が父親の工房にもなっていたので、いろんな工具に興味がわいてついつい遊んでしまったことが事故に繋がったようです。

ルイブライユが5歳のときに、左目を刺したときの感染症で右目も失明し、両目が一生見えない生活がスタートします。

5歳で一生両目が見えない生活になるなんて、思ってもみなかったでしょう。いったいどんな気持ちだったのかは想像もつきませんが、ルイブライユはそんな生活でも前向きでした。




ルイブライユの一生 ~盲学校での生活~



ルイブライユは10歳のときに、世界初の盲学校であるパリ国立盲学校に入学します。

当時の盲人は、教育を受けられることはまれで、路上で楽器を演奏するなどして生活を送っている人が多かったといいますので、ルイブライユが盲学校に入れたのは幸運でした。

パリ国立盲学校では、創設者であるバランタン・アユイが考案した線文字が使われていました。

線文字では、アルファベットの形を浮き出させたものを指で読み取る方法でしたが、すらすら読むことは困難で、盲人が自分で書くこともできませんでした。

そんな中、1821年にシャルル・バルビエが学校を訪れ、彼が開発した12点式の点字を公開します。

これはソノグラフィーと命名され、線文字よりもわかりやすく、盲人も書ける点字として生徒たちにも歓迎されます。

ルイブライユも12点式の点字を歓迎しますが、まだ改良が必要だとして、シャルル・バルビエに提案します。

ルイブライユが提案した点字の改良点は3つ

1、音ではなく文字を書けるようにする

2、句読点、数字、楽譜も書けるようにする

3、12点式ではまだ複雑なので6点式にする

実際に一生両目が見えない生活を送っているルイブライユだからこその提案だったと思います。

しかし、この提案は聞き入れてもらえませんでした。

そこで、ルイブライユは自力で6点式の点字を発明したのです。

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ルイブライユの一生 ~点字を発明してからの生活~



ルイブライユは17歳のときに盲学校の年少の生徒に、数学・文法・地理を教えるなどで、教育の仕事にかかわりだします。

18歳でフランス語文法の本を6点式点字に訳し、19歳で点字の楽譜を考案し、音楽も教え始めます。

正式に盲学校の助教員として採用されるなど、ルイブライユは発明の力もあれば、教える力もあったのですね。

ルイブライユは20歳のときにある本を出版します。

『点を使ってことば、楽譜、簡単な歌を書く方法~盲人のために作られた盲人が使う本~』という本です。

この本の出版がブライユ点字が誕生するきっかけとなったのです。

その後もルイブライユは点字の改良に励みましたが、当時の盲学校の校長が点字ではなく、浮き出し文字を採用するなど、ルイブライユの発明した点字はなかなか広がりませんでした。

ルイブライユが35歳のとき、ようやく6点式点字の良さが認められはじめますが、この頃からルイブライユは体調をくずしがちになります。

ルイブライユは1852年、43歳で肺結核のために亡くなってしまいます。

ルイブライユがなくなった後、1854年にフランス政府がルイブライユの点字を公式に認め、1878年には国際会議でも認められ、世界中に広がったのです。

これにより、日本でも石川倉次によって50音を表す日本点字が作られました。

日本以外の各国でも、ルイブライユが発明した点字をもとに一般化され、目が見えない人の生活を豊かにするきっかけになっています。

ルイブライユは一生目が見えない生活になってしまいましたが、世界中の目が見えない生活を送っている人に希望を与えるような大きな発明をしたんですね。

自分が不便と感じたことを、他の人が感じないように改善をすすめ、人のために尽くしたルイブライユはすごい人だと思います。

普段からこういう考えをしながら生活する人が多ければ多いほど、社会って発展するのではないでしょうか。

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ルイブライユが点字を作った理由について衝撃の事実 [ルイブライユ]

ルイブライユが点字を作る前にも点字はあったのに、ルイブライユの点字が世の中から注目されたのにはどんな理由があったのでしょうか?ルイブライユが作った点字とそれまでにあった点字との違いや、ルイブライユが点字を作った理由などをご紹介します。

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ルイブライユが点字を作る前に使われていた点字


ルイブライユサイド.jpg
引用元:ウィキペディアより

ルイブライユが点字を作る前の点字は「12点式」というものでした。

これはフランスの軍人シャルル・バルビエという人が作ったものです。文字を点であらわすことによって、夜の暗いところでも軍の命令がわかるようにしたかったのが理由で作られました。


ルイブライユが点字を作った理由 その1



ルイブライユも12点式の点字を使っていましたが、これを使って読むことはかなり大変だと感じていたようです。

みなさんも考えてみてください。

12マスの中のこことここに点があるから、この文字は「A」といったように、目で見るのではなく指でさわって読むとしたら、どれだけ大変でしょう。

ルイブライユもかなり大変だと感じていたのが理由で、もっとかんたんに表すことができないかと研究した結果、6マスあればすべてのアルファベットが表現できることがわかりました。

ルイブライユの仲間たちからも、ルイブライユが作った6点式の点字はわかりやすいとの評判でした。
ルイブライユの点字.jpg


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ルイブライユが点字を作った理由 その2



ルイブライユが点字を作った理由として、ルイブライユ本人が両目が見えなかったという事実も見のがせません。

ルイブライユは3歳の時に左目が見えなくなり、5歳の時に右目が見えなくなって、両目が見えない生活を長くしていました。

目が見えない人のための学校にも入りましたが、そこでもそれまでの点字を実際に使っていたからこそ、不便を感じて、6点式の点字を作ることができたのだと思います。

点字を作ったルイブライユ本人も両目が見えなかったのはおどろきですね。



ルイブライユが点字を作らなかったら



ルイブライユが作った点字がきっかけで、読むことも書くこともかんたんになったのです。

目が見えない人の為に、点字で本を書いたり、楽譜を作ったりすることもできますし、町中にも点字で案内することによって、目が見えない人でも以前より気軽に外出できるようにもなりました。

ルイブライユが点字を作らなかったら、もしかしたら今も12点式の点字が利用されていたかも知れません。

そうすると読み書きも大変だし、外に行っても案内がよくわからないとかで、生活は不便なままだったかも知れませんよね。

ルイブライユが点字を作ったから、目が見えない人の生活もより豊かになったのです。

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